Love scene 「休日」


葉月珪の休日は少ない。
中学生の頃、モデルは始めたばかりだったのでまだ仕事はそんなに無く、土日は大抵フリーだった。遊び盛りの同級生達は葉月を放っておかず遊びの誘いをかけたが、葉月は土日のどちらかは必ず一人で過ごす時間を作っていた。
平日忙しい分、穏やかな午後の陽だまりの中思いっきり昼寝するのもよし、買っておいたパズルを黙々と組み立てるのもよし、そんななんでもない時間をゆっくり過ごすのが好きだった。
あまり年相応でない休日の使い方だとは思うが、休日っていうのは文字通り休むものだと葉月は思っている。
高校生になってからは、本人の希望と関係なく仕事が大幅に増えた。幸か不幸か人気急上昇。火、金以外にも突然仕事を組まれ休日が潰れる事が多くなった。
仕事の量と反比例して減ったのは同級生達との付き合い。
なのでモデルの仕事が増えても体を休ませるフリーの一日を葉月は確保できているはずだった。
に会うまでは。
彼女は葉月のスケジュールをまるで知っているかのように丁度そのフリーの日に誘いをかけてくる。
ゆっくり休みたいと思って最初は断っていた葉月だが、といてもなぜかのんびりできる。
といる時間が一人で過ごす穏やかな休日よりも満たされるものだと少しづつ実感した葉月は自分からもを誘うようになった。
今では買いおきのパズルが部屋の片隅にゴロゴロしている。
しかし今日は。本当に何も無い日だ。仕事もとの約束も無い。
こんな日は久しぶりだ。
本来ならこういう日は、昼過ぎまで寝て軽くブランチを取った後、パズルに熱中するか大好きな昼寝をするかである。なのに、朝の内にぱっちり目が覚め起きてしまった。さてこれから何をしようかと悩んでいる今はまだ午前10時。ちっとも眠くないしたまっているパズルをやりたい気分でもない。
そういえば猫缶もうすぐ切れるな。軽く買い物にでも行けば眠気はやってくるだろう、そしたら午後はのんびり昼寝だな。
いつもと違う少し持て余したカンジを覚えながら葉月は繁華街へと出かけた。





猫缶買うだけなら近所の商店街に行けばいいのだが、繁華街まで来たのはいつも買う店で新作のパズルをチェックする為だ。
店に入るとそこには独特の空間がある。色んな絵が描かれたパズルが広くない店内に所狭しと飾られてあり、それだけで店全体を彩っている。客はじっくりと吟味しながら好きな物を選んでいく。
繁華街の中で最も静かな場所、外と異質な空気が漂うこの店を葉月は気に入っていた。
狭い通路をゆっくり歩き見回していた葉月はよく知っている後姿を見つけ足を止めた。

驚きのあまり思わず呼んでしまった。
実は今日の事を誘おうと思っていた葉月だが、昨日が奈津美からの遊園地への誘いを「大事な買い物があるから」と言って断っていたのを見ていたのだった。
何でこんな所に。大事な買い物ってパズル・・?
「葉月!?」
も相当驚いたようですごい勢いで振り返ってきた。
「な、なんでココに・・」
「こっちのセリフ。ここ、俺の行きつけ。・・お前こそパズル、やるのか?」
思いがけないところでに会えた驚きと嬉しさを隠せないまま葉月はに聞いた。
「あー・・うん、まぁ、そんなとこ」
以前趣味を聞かれて「ジグソーパズル」と答えた時、が「おもしろそうだね、私もやってみようかな」と言っていたことを思い出す。
「簡単なのにしとけよ。100ピースくらいのヤツ」
「そ、それは本当にすごく簡単そうだね・・」
少し不服そうにふくれるの顔がかわいい。
パズルだったら自分の得意分野だ。
「・・俺、選んでやろうか。初心者向けの」
「ううん!自分で選ぶからそれはいいんだけど・・・。あ、のね、葉月が好きな絵どれ?」
「好きな絵・・?」
「パズルの絵柄の種類たくさんあるでしょ。どれにするか迷っちゃって」
「なんだよ、お前が好きだと思う絵選べばいいだろ」
「そうなんだけどっ。参考までに」
俺が今、買うとしたら・・・
「・・・花とか星、魚、・・後は動物モノとか・・・」
海もいいし花火の絵もキレイだ。買ったとしたらきっと額縁もいっしょに買っておいて、すぐ作って部屋に飾るだろう。
「ふー・・ん、なんかいろいろだねぇ」
「・・・だな」
俺、好み変わったか・・?
普段自分が買っているものといえば、山とか森等この店に多く置かれている風景画のパズルが多い。風景画の中でも全体的に緑色のものを好んで買っていたのだが。
感心したように目をぱちぱちさせて見上げてくるの顔を見て葉月は「あ」と思った。


花、星、魚、動物。あぁ、そうか、これは。


植物園、プラネタリウム、水族館、動物園。最近と遊びに行った場所ばかりだ。
8月の初めに花火を二人で見て、夏休み最後の週は海へ行き沈む夕陽に夏の終わりをいっしょに眺めた。
長年この街に住んでいるにも関わらず初めて行った植物園は思いの外心地好く自分のお気に入りの場所になった。に誘われなかったらこれからも行くことは無かったと思う。
全て二人で見てきた風景。
好きな場所が増えた、自分の周りの景色が変わる。植物園で見た花も緑も、プラネタリウムで見た星座も、水族館で見た魚達も、動物園で見た動物達も。鮮やかな色彩をともなって自分の視界に映りこんできた。キレイなのも面白いのも、心にすうっと溶けこんでくるように感じられ、時には感動をもたらした。それもこれもみんな
「葉月、好きな絵たくさんあるんだね」
お前といっしょにいたから
危うく言いそうになった言葉を飲み込んで葉月は「そうだな」と短く返した。






翌日。


「葉月っお誕生日おめでとうー!」


何を言われたのか分からなくて葉月は一瞬動きを止めた。
誕生日・・。そういえば。もうそんな時期か。
葉月はあたりまえの様に自分の誕生日というものを忘れていた。リアクションがいまいちな葉月を見ては小さく吹きだす。
「葉月・・今年も忘れてたんだね」
去年もこんな感じで葉月の誕生日を迎えた気がする。
「お前、人の誕生日なんてよく覚えててくれるな」
呆れ口調で言ってみるものの、実はすごく嬉しい。あまり顔には出ないが。
「ではこちらをお納めくださいませ」
ニコニコしながら渡された紙袋の中には4つのプレゼント。
「サンキュ、・・でもこんなに?」
が覚えててくれただけで、もう十分なのに。
「まぁいいから開けてみて」
そんなに大きくはない箱型の4つのプレゼントは手に取ってみるととても軽く、がさがさと音を立てた。
これは、もしや。
4つ全部開けてみて、葉月は柔らかい笑みを浮かべた。
赤と白のバラ、惑星と星が散りばめられた宇宙、色鮮やかな熱帯魚、そして子猫。
色とりどりのパズルが机の上に並べられる。
「選べなくて結局4つ買っちゃった」


俺へのプレゼントだったのか。


そういえば昨日店で声をかけた時、かなり驚いていた風だった。の事だから渡す前にプレゼントの中身が知られるのだけは絶対避けたかったのだろう。今にして思えば驚いてたというより焦っている表情だったのかもしれない。
あの時の顔といったら
じんわりと心が温かくなっていくのを感じる。嬉しい気持ちも楽しい気持ちも全てが持ってくる。
それが一番のプレゼント。


「今度の日曜、俺の家来いよ」
「え?」
「コレ組み立てるの手伝え、な」
二人で見てきた風景を今度は二人で作っていこう。






そして甘い休日を









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