放課後の中庭通り、吹奏楽部の練習を終えた氷室は職員室へと急いでいた。中庭を通るのはここをつっきるのが近道だからである。
「先生!氷室先生〜」
自分を呼び止める高い声がして氷室は足を止めた。
手を振りつつこちらに向かって走ってくるのは受け持ちのクラスの
学年トップ、スポーツ万能、「氷室学級のエース」の名を欲しいままにしている彼女だが・・。


「うわっ!」


突如姿を消した。


いや、姿を消したと言うのは間違いだ。彼女はただ単に穴に落ちたのだ。
またか、と氷室は溜息をついた。
学園の中庭に不自然に存在するこの穴。これは落とし穴であり「ヒムロッチの驚いた顔が見たい!」とくだらない野望を抱き、日々悪戦苦闘している藤井が、もちろん氷室をハメるために作ったものである。
しかしなぜかひっかかるのはこの氷室学級のエースなのだった。






 恋 に お ち た  







「まったく君は注意力散漫なんだ。これで何回目だ」


呆れたように腕組みをし氷室は穴に近づいた。
「せ、せんせぇ〜・・お小言はあとで聞きますから引き上げてくださいよぅ」
なんとも情けなくなげきは氷室に手を伸ばす。


今回藤井は相当がんばったらしく穴の深さはかなりのものだ。といってもの姿がちょうど隠れるくらいのもので180センチ以上もある氷室にはどうってことのない深さだ。
しかしこの落とし穴彼女が一人ではい上がるには大変だろう、と短時間に自分に言い聞かせ、氷室は仕方ないとばかりに手を差し出した。
「ほら、早くしなさい」


瞬間、がくんと氷室の体が傾むく。


におもいきり手を引かれ氷室も穴に落ちたのだ。
幸い穴はギリギリ二人は入れるといったくらいの広さである。かなり窮屈ではあるが。
・・」
「せんせぇ魔がさしました」
エヘと悪びれた様子もなく彼女は氷室を至近距離で見上げてきた。ちょっとしたいたずら心からなのだろうが氷室を怒らせるには十分だ。が氷室はらしくもなく少し顔を赤くしている。
「コホン、危ないだろう」
いつもだったらこんな事されようものなら即行お説教が始るがこんな密着した状態では話どころではない。
氷室は慌てて穴から出た。スーツが砂で白くなってしまった。
は氷室が出た後思い切りジャンプをしてその反動で手をつき、ヒョイと穴から出てきた。思えば彼女は運動神経がいいのだ。
砂をはたきながら氷室はをじろりと見やる。
「先生スミマセンでした。私も先生の驚いた顔見たいな〜とか思っちゃって。でも先生落ちてくる時も無表情でしたね」
それが逆に怖かったとは言う。
「君も私に挑戦するつもりか」
方眉をあげ氷室はを見下ろした。
「とんでもないデス!ムダだとわかりました」
「フム、それならよろしい。賢明な判断だ。所で、君は私に用があったんじゃないのか」
「あ、いえ、別に・・」
「そうか、では気を付けて帰りなさい。穴を埋めてから」
彼女が落とし穴にハマる度に言う、いつもの通りの言葉を投げかけ氷室は立ち去ろうとしたが
「ちょぉっと待ってください!」
がしっと上着のすそをつかまれてしまった。
「今回はせんせぇも落ちた事ですしいっしょに埋めましょう」
思いがけない申し出に氷室の声のトーンが下がる。
「どういう理屈だ」
「へ理屈です」
眉をしかめる氷室には平然と言ってのけた。
しかしこの穴一人で埋めるには大きすぎる。藤井一人が掘ったモノではないだろう。
早く家に帰って期末考査の準備をしようと思っていたが夏休みから作っていたのでほぼ出来てはいる。何も今日やらなくても構わなかった。
、用務員室からシャベルを2つ借りてきなさい。私は一輪車を持ってくる」
「はい!わかりました!」
は嬉しそうにすぐさま走って行った。




その辺の土を一輪車で運んでは穴に入れる。土が足りない分は穴の周りを崩して埋めていくことにした。
二人で黙々と作業をしていく中がふと口を開いた。
「あ、そういえば」
、手を止めるな」
「あ、はい。ね、せんせぇ、どうするんですか?」
「何の話だ」
主語が抜けているぞと氷室は言ってやった。
「あのですね、見ましたよ昨日。吹奏楽部の子から手紙もらってませんでした?あれはラブレターと見た!」
確かに氷室は受け持ちの吹奏楽部の部員より、帰るところを呼び止められて手紙を渡された。真面目に練習に取り組み氷室からも信頼を得ている生徒からだった。
「盗み見とは感心しないな、しかし君の言っていることは間違っている。私は受け取ってなどいない。その場で返した」
生徒からの贈答品は一切受け取らない事にしている氷室である。
「なんでですか!」
思わぬ強い口調が返ってきた。
責めるような響きを持ったの言葉に氷室は目を丸くする。
「何を馬鹿な事を言っているんだ君は。教師がそんな物受け取るわけないだろう」
生徒に慕われる事は教師冥利に尽きると言えるが、それが恋愛感情となれば話は別だ。とんでもないあるまじき事である。常日頃から思っている事ではあったが、氷室は最近よく自分に言い聞かせるようになっていた。
「バカな事ですか?生徒が教師を好きになるってコトが」
「何も馬鹿な事だとは言っていない。大体なぜ君がそうムキになる」
氷室はひどく動揺した。
ラブレターだとわかっていて手紙を受け取らなかった自分の判断は教師として正しい。なのになぜそれを責められなくてはならないのか。それも彼女に。
「だってせんせぇ、その子勇気出して書いたんだと思いますよ手紙、もらうくらいしたっていいじゃないですか。生徒だって教師だって一人の人間です。好きになるコトだってありますよ」
「ありえん」
氷室はキッパリと言い切った。
、君は知っているか。そもそも恋愛感情というものは脳内物質の異常現象によって引き起こされるものだ。そんなものに振り回されて学校の風紀を乱してどうする。教師と生徒だなんて前代未聞、言語道断だ!」
「そ、そんな風に言われても・・」
理詰めで一気に言われは言葉をつまらせる。氷室は恋愛感情を科学的に定義する事で否定しようとまでしているのだ。身も蓋もない言い方をするのは彼の常日頃からの口調であるが今回はとくに容赦ない。
「まぁ、教師と生徒っていうのは世間的には問題ありなんでしょうケド・・でも、恋愛っていうのはもっとこう・・いいものだと思います。『そんなもの』って・・」
「どういいんだ」
話がいつの間にか恋愛談義になってしまっている。こういった話題は氷室が最も苦手とするものなのだが、彼女の返答が気になった。作業の手を止めないまま先を促してやる。
「えー?その・・、人を好きになると、毎日が楽しかったり嬉しかったりして・・・えーと、それで、その人に見合う自分になりたくてオシャレとか勉強とかがんばったりするし。自分ってやればこんなにできるんだー!って驚いたり・・なんにでも一生懸命になったりして・・」
しどろもどろになりながら話すの言葉を氷室は黙って聞いている。


「・・・嬉しさとか悲しさとか・・・いろんな感情が深いものになって、今まで知らなかった自分を知ることになります。人が人を想うのはとても大事なことなんじゃないかと。・・私は『風紀が乱れる』だけで、片付けられません」


はいつの間にか手を止めて氷室の方を真っ直ぐと見ていた。


「フム、いい答えだ」
氷室は考えるよりも先に彼女の言葉に同意していた。


喜びも悲しみも深いものになる―
今まで知らなかった自分を知ることになる。


自分にも覚えのある感情だ。それもきっと今目の前にいる生徒にたいして。


素直にの意見に賛同した珍しい氷室に彼女は驚いた。
「あ、えっと、ス、スイマセンわたし・・」
「何を謝る。私はほめたのだぞ」
「あ、ハイ、どうもです」
「しかしやはり教師と生徒とで恋愛沙汰になるのは間違いだ。教育に関わる由々しきことだ。別問題だろう」
自分で言ってて胸が痛んだ。しかしこれはどうにもならない痛みだ。
「そう・・ですね」
は少し悲しそうな顔を一瞬見せた後、すぐに穴埋めを再開した。
、君も恋をしているのか」
ふと口をついて出た言葉だった。恋愛について真っ直ぐと自分を見て話すのあんな表情を氷室は初めて見た。一途な想いがこめられているような、キレイな瞳だと氷室は思った。
「え、えぇっ!?私ですかっ!あのですねっ私はその・・してますかもしれないです・・」
「そうか」
顔が赤く見えるのは夕陽のせいではないだろう。
交際範囲も広く相手が誰だかは見当つかないが、誰からも好かれている彼女の事だ。きっとうまくいくだろう。あきらめがつくとほっとしたと同時にやはり胸が痛んだ。


「あ、あの・・せんせぇ・・?」
、これ位でいいだろう。後は私が片付けておくから君は帰りなさい、もう遅い」
かなりでこぼこではあるが穴はかなり塞がった。続きは明日藤井本人にやらせればいい。
「二人で片付けたほうが早いですし、いっしょに帰りましょう!」
「フム・・・そうだな、そうしよう」
の誘いに自然と顔がほころぶのを氷室は必死にこらえた。
一緒に帰るくらいなら許されてもいいだろう。すぐに日も落ちてこの辺り一帯暗くなる。
「やった、期末のヤマ教えてもらおうv」
「口が裂けても言わん」


一歩先行くの背中を眺めながら氷室はそう心に誓うのだった。





最後の「口が裂けても言わん」はテストのヤマと自分のヒロインへの気持ちをかけて言ってる言葉です(ココで説明すんなよ・・ポンチョさん)
「恋愛とは今まで知らなかった自分を知ることになる。喜びも悲しみも深いものになる」
この言葉は私が大好きでソンケーしているマンガ家藤たまきさん(v)の作品にあった言葉です!もうこの人の青春群像サイコーvv邦画にしたらキレーだと思うんだけどなぁ・・。
えと、この話もっと読み応えのある長い作品になるかなと思っていたのですが、全然でした。又中途半端に長い・・、やはり絵描き(ショタ限定・・死)が文章書くこと自体間違っているのか、ぶるぶる。
割と最初の場面がぱっと思い浮かんでもっとギャグっぽく(ヒムロッチはギャグキャラですから)なると思っていたのですが、後半なんだかシリアス・・。ど、どうしたんですか!?ヒムロッチ暴走(笑)いや私が力不足なのが悪いんですが。
徹底的にヒムロッチ視点なので文章ではヒロインちゃんとか常に苗字でしたが。これヒロインちゃん視点の描写入れんでもヒロインちゃんがヒムロッチ好きなのバレバレっすよねー・・。気付いてやれよ!ひむろん。02.8.15