慣れたもので、もう半年ほどになるガソリンスタンドのバイトで、 昨日も店長の好意に甘えさせてもらいバイクのメンテをした。
尊敬する先輩からもらった大切なバイク。
何もかも置いて飛び出してきた大阪から唯一持ってきたモノと言っていい。
しかしせっかく店長にまで見てもらってメンテしたバイクを家までひいて帰るのはカッコもつかない上いいカゲン飽きてきた。
早く乗って走らせたいという気持ちは募る一方。


「あー・・はよ免許欲しいわ・・」
思わず溜息が出た。


「・・ちょっとジャマなんですけど」
頭上より呆れた声が聞こえ姫条は体を起こした。


今はちょうど休み時間。
姫条は授業が終わった途端、くるりと後ろを向きの机にうつぶせになりボヤキだしたのだった。は授業中かなり終わりの方まで寝ていたため、まだ黒板に残っている板書を必死でノートに写していたところ、前の席のデカイ図体した姫条が自分の机を占領してしまいかなりの迷惑顔だ。
「姫条、寝るんなら自分の机でね」
は前を向かせようと姫条の身体を「えい、えい」と押しやる。
「ちょ、冷たっ。話くらい聞いてくれたってええやん」
そんなの手を姫条は押し止める。
「バイクの免許なんてすぐ取れるだろ?車に比べたらそうむずかしくないよな」
の隣の席の鈴鹿が話に入ってきた。同じクラス、席も近いこの3人は大抵よくつるんでいる。
「バイクの免許ってわたし達の年で取れんの?」
「単車は15でOKなんだよ。お前、そんなことも知らないのかよ?」
常にテストではトップクラスにいるだがどうも一般常識には疎い。周りの人間は天然ボケだとよく彼女を噂する。
鈴鹿の言うとおり、バイクの免許を取るには年齢的にはもうとっくに基準クリアなのだが
「先立つもんがないわ」
一人暮らしの辛いところである。
「そーゆーのはコツコツ気長に貯めていくしかねぇな」
「せやなぁ」
「ねぇ、免許取れたらどーすんの、どっか行くの?」
はノートを写すのをあきらめたらしく机の上を片付けながら聞いてきた。後で有沢に見せてもらおうという気でいる。
「どーするって、そらもー今まで大事にしてきたバイク乗りまわして・・!」
「乗りまわして?」
「そんで!・・・・・乗り回して、カッ飛ばしてなぁ・・・・・・」
「そんで?」
そう聞かれても困る。バイクというものは走らせてなんぼのものだ。別にそれ以上の目的など姫条にはなかった。
「・・・まぁとにかく走らせるんや」
「・・・ふーん」
いまいちな反応をするに鈴鹿が助け舟を出す。
お前なぁ、ああいうのは乗ってるだけで楽しいんだよ」
「そーなんだぁ」
にとって全ての乗り物は交通手段でしかない。目的地もなくただ走らせるだけというのはどこが面白いのかいまいち理解できないでいる。そんなの様子を見て姫条の目がキラリと光った。
「そうや!そしたら自分、一番に後ろ乗せたるわ」
「やだ」
「気持ちええでー・・って、なんでや!」
「事故るから」
「なっ・・」
にバイクの楽しさを教えてやろうと思ったのに、あまりにもむげな返事が即答で返ってきてそりゃ絶句するしかない。しかも何気にデートのお誘いでもあったのだ。そして理由がまたひどい。


「事故るから」って断定かい・・。


「若い人の運転するバイクってこわーい。あの、『盗んだバイクで走り出すー行く先もわからぬまま』っていう歌あるじゃん。あんなカンジがする」
若い人って・・あんたも同い歳やろ。
「あー、それって尾崎の『15の夜』だろ?」
「うん、そうそう。もうバイクでがむしゃらに突っ走る!みたいな。あー、ダメ、ぜったい事故る」
ショックで固まってしまった姫条をよそに二人好き勝手に話を進める。はバイクに対して変な先入観があるようだ。「コワイ、コワイ」と首をふる。
「姫条スピード狂なところあるしな」
「ねー、もうカーブとか突っ込んでいきそう」
何やら鈴鹿まで話に乗って変な事を言い出した。二人とも冗談半分なのだろうが、免許もまだ取っていないというのに事故るだの何だの言われる筋合いはないだろう。


「風になるー、とか言ってぶっ飛んだりしてな」
おい。
「素人がバイクで飛ぶようになったらもう終わりだね。即死、みたいな」
「ははっ、おっかねー」
「あまりのスピードで後ろ乗ってても振り落とされたりとかしそうだよね」
お前らな・・
「アホ、何言うてんねん!好きな子乗っけてそんなムチャな走りするわけないやろ!」
黙って聞いていれば言いたい放題。まったく失礼なヤツらやで・・と言葉を続けようとしたところで姫条は目をまんまるくして自分を見てくる二人に気づいた。


ん・・?俺、今・・・。


姫条の細い目こそまんまるく見開かれる


大失言


「ちちちちちがうねん、今のは・・!!」
頭フル回転。なにか、なにか言い訳を


あたふたする姫条を無視して
「好きな子?」
は自分を指差して隣の鈴鹿にたずねた。
「・・・・・さぁ・・」
姫条の気持ちを知っている鈴鹿はこの状況でどう答えていいのか分からず頬杖を付いたまま曖昧に首をかしげた。
「あ、あんな、っ」
「姫条」
はにっこり姫条と向き合う。思わず姫条の動きが止まった。
「いいよ乗せてよ。そのかわり安全運転ね」
なんともかわいらしくお願いされてしまって
「お、おう、当たり前や」
姫条もとっさに返事を返す。
「楽しみにしてる」
じゃぁといっては何事も無かったように次の体育のため着替えに行ってしまった。残された姫条はの後姿を見送ったまま呆然としている。そんな姫条を見て鈴鹿は「お前バカだなー」と笑った。
お前にだけは言われたないわと反論しようにも今は言葉が出てこない。
こんなところで告白してしまうとは、しかもの反応がいまいちわからない・・。いったい自分はどう思われているのか。
「ま、乗っけてくれって言うしよ、好感触なんじゃねぇの?」
「あー、俺はホンマにバカやー」と頭を抱え込んだ姫条を鈴鹿はなぐさめてやった。


その日一日、の機嫌が良いのと裏腹に姫条はいつまでも悩んでいるのだった。






バイクに乗れるようになったらいろんな景色を君と見に行こう。

もちろんお望みのとおり安全運転で




どこまでも




題名がトリにきている・・!!
にーさんならこんな場合でも「知らんかった?俺の気持ちに気付いてくれてなかったなんてショックやわー」とか軽く冗談にしてしまいそうですが、まぁ大本命の前では軽口もうまく回らないってコトで。
ここでヒロインはあっさり流すほどひょうひょうとしているので流石のにーさんも悩むんでしょうな。
ヒロインちゃんはこれでもにーさんの気持ちに気付いていません。お気に入り程度での「好き」だと思っています。
にーさんの日頃の行いが悪いのか、ヒロインが天然すぎるのか。02.8.25