「寝てて」と言われたものの、野菜を切るの手付きがあまりにも怪しく、(あー、指とか切ってまうで・・)とか心配しながらの背後でウロウロしてたら「気が散る!」の一声でベッドに強制送還されてしまった。
ついでに体温計を渡され熱さまシートを額にペタリと一枚。一人暮らしの自分んちにはもちろんそんな気の利いた物など常備してなく、それを見越した が全部買ってきてくれた。の気遣いに嬉しくて顔をゆるめると、ヘラヘラしてそんなに熱が高いのか、と怪訝な顔された。結構ひどい事を言われたが嬉しいのだからしょうがない。
こんな風に心配されるのもいいものだ。自分にはしばらく縁の無いことだったと思う。
ちゃーん、そっち大丈夫かー?」
「え?あ、ヨユーヨユー。だいじょぶだから寝てなさーい」
危ない手付きとは裏腹にどうやら今のところは順調そうだ。携帯でレシピを検索し、携帯片手には頑張ってくれてるようだ。
体温計を渡された時「動いちゃダメだよ、ちゃんと熱計って」とダメ押しされてしまったのだが、さっきまで寝ていたのでベッドの中で大人しくしているのは少々ツライ。ましてやが自分の家に来てくれてるというのに・・。
自分以外の誰かがこの部屋にいるというのはなんだかヘンな感じだ。いつもと違う二人分の気配。
時折一人で部屋にいると寂しさを感じる事もあったが、それよりもいろんなしがらみから逃れられた自由さと開放感のが勝った。自分は選んでここへ来た。
しかしこの満たされた感じはなんだろう。理由の分からないもどかしさに、さっきよりあたっかく感じるのは人口密度が上がったせいだ、と変に言い訳をしてみる。
気が付くと夕陽が差し込んできてベッドに四角い陽だまりができていた。姫条はそっちの方へ身体を移動させじんわりとした温かさを満喫しながら眩しさに目を閉じた。


と・・ん、と・・ん、とん


台所の方に意識が引っ張られる。慣れてないから野菜を切るにもは慎重だ。ゆっくりと不器用な音が聞こえてくるのがおかしい。







とんとんとんとんとん・・・





久しぶりに聞いた、誰かが台所に立って料理をしている音。少し離れた場所から小気味良く流れる優しい響き。
遠い昔によく聞いた、
夕焼けで部屋全体がオレンジ色に染まっていて、自分は遊び疲れておなかもペコペコだ。席について手持ち無沙汰に足をぶらぶらさせながら、「まだー?」と急かす自分に


待ってて、もうすぐできるからね


台所から返事が返ってくる。
やさしい声、やわらかく笑いかける人
あれは―


ぼんやりと目を開けると景色が歪んで見えた。あれだけ寝たのにうとうととしてしまったらしい。
姫条は乱暴に目元をこすった。
風邪のせいだ。ずいぶん気が弱くなっている。
「姫条、起きた?おかゆできたけど食べれる?」
声をかけられ姫条は慌てて身体を起こした。
「スマン、寝てたわ」
「病人なんだから寝てあたり前でしょうが。それより食べるの、食べないの」
「食べる」
「わかった。あ、体温計出して」
そういえば計ったままだった。体温計をに手渡すと「38℃ジャスト。あーちょっと高いね、おかゆ食べたら薬飲もうね」と頭を撫でられた。病人扱いというより、子ども扱いだこれは。歳の離れた弟のいるは度々こういう事をするが、今は切なくなってしょうがない。懐かしい夢を見たせいで、普段は閉じ込めている我侭で甘ったれのガキの部分がどうしようもなく出てこようとしてきている。
胸が苦しい。
「はい、どうぞ」
いい匂いと立ち上る湯気に食欲をそそられ、姫条は差し出された器をのぞきこんだ。よそられたおかゆはとても美味しそうにできている。
「食べさせてくれへんの?」
「え!?」
「腹へってんやけどなー、だるくてしゃーないねん」
は照れているのかこくこく頷きれんげで一口すくうと「フーフー」冷ましはじめた。料理できないのにこんな美味しそうなおかゆを作ってくれて、はなんにでも一生懸命だ。
自分風邪で弱ってる俺を襲ってやろうとか下心無いの?あってもええのに
でもが触れてくる手は、ただただ優しい。
こんなん惚れる―
違う、本当はわかってた。ただ今までにないタイプだったから戸惑いが大きくて。
ノリがよくていつも自分のバカに付き合ってくれる明るく楽しい大勢の遊び友達。そういう人間ばかり自分は選んで周りに置いていた。は駄目なときはダメだとハッキリ言う。その場のノリとか関係なくなにが一番大切なのかいつもわかっている、芯の強い人間なのだった。一緒にいてただ楽しいよりも自分は幸せな気持ちになれる相手を求めていたのだとに出会ってから気付いた。
こんなのはとっくに恋だった。


咄嗟にのれんげを持つ手を掴んでいた。
「姫条?」
小首をかしげてどうしたのかとは目で問う。
熱に浮かされて、気持ちが抑えきれない。苦しさを全部吐き出してしまいたかった。
・・」


ドンドンドン!
「ヤホー!白衣の天使なつみちゃんだよー!」
「!?」
「あ、なっちん来た!」
はれんげと器をさっさと姫条に渡し、玄関にかけて行った。ドアを開ける音とともに騒がしい声が聞こえてくる。
「遅くなってゴメンー。コレ薬買ってきたよ」
「サンキュー、なっちん!」
「姫条生きてるー?」
よりによってなんつータイミング。招かざる客はずかずかと上がり込んできた。
「へー、アンタ部屋キレイにしてんじゃん。男の一人暮らしなんてさーもっとむさくるしいもんだと思ってたけど」
「なんでお前が来るんや・・」
「ヒドーイ、なにその言い草!この子肝心な薬買うの忘れててさー。メールで頼まれたわけよ。どっちにしろクラブミーティング終わったら寄るつもりだったしね」
と奈津美は仲がいい。口止めしたわけじゃないし自分が風邪である事をが奈津美に言ってしまってもおかしくない。おかしくはないのだが・・!
「じゃぁ、姫条わたしもうバイトの時間だから行くね、なっちん後ヨロシク」
「なんやて!?」
この上は行ってしまうというのか。
「なっちん、姫条おかゆ食べさせてほしいって」
「えー、もうしょうがないなー」
言いつつ奈津美はノリノリだ。
「アホ、お前ちゃうわ・・」
「うっわ、なにその声。ガラガラじゃん」
「じゃね、姫条お大事にね」
時間が相当ヤバイらしくは飛ぶように部屋を出て行ってしまった。あまりの展開に目が点になる。そんな姫条の耳元で「姫条?どうした。おーーい、おかゆ冷めるよ。熱、上がってんのかしら」と奈津美は首をかしげた。
熱に浮かされた頭で(本当の天使は行ってもーた)と姫条は思った。






前回より約4ヶ月も経ってしまいました。
途中割とせつないのに最後悲惨なことになってます。にーさんが(笑)
ちょっと可哀相なので連載にでもしてくっつけてあげたいという老婆心が(笑)
でもこれにーさんがようやく自覚したって話なのでとても長くなりそう。02.12.7