餌付け


午後12時30分、昼休み真っ只中。体育館裏の細い通路では猫の親子たちとたわむれながら葉月を待っていた。
「ニャーニャー」
小さな身体をすりよわせてくる子猫たちを撫でてやる。
「よしよし、おなかすいたよねぇー・・。もうすぐ葉月来るからね」
先ほど、今日の昼休みに猫達のところへ行くかどうか問い合わせのメールを葉月に送ったのだが返事がこない。


もう私のお弁当あげちゃおうかな。
今日はおにぎり二つとおかずにから揚げ、卵焼き、サラダが入っている。から揚げは猫達の大好物だ。



猫缶を片手にようやく葉月がやってきた。
「葉月!よかったねーお前達。ご飯が来たよー」
は葉月から猫缶を受け取り猫達にさっさとあけてやった。よほどお腹をすかしていたのかみんな勢いよく食べている。
「遅かったね。さっきメールしちゃったよ」
「・・メール・・?あ、俺、今日携帯忘れた」
またか。
はなんとなく予想していた。
「悪かったな。氷室の授業が長引いて」
「あーそっか、お疲れサマでした」
時間に正確な氷室だがキリが悪いところで授業を終わらせるような事は絶対にしない。葉月にねぎらいの言葉をかけは弁当箱を取り出した。
葉月も来てくれたことだし、これでようやく自分もお昼にありつける。もうお腹ペコペコだ。
ぱかりと弁当のふたを開けたところで、葉月が「あ」と呟いた。
「あれ?葉月自分のお昼は?」
そういえばこの男、猫缶しか持ってきていない。
葉月の昼飯はたいてい購買で買ったパンやおにぎりである。
「財布、忘れた」


・・・猫缶は持ってきて、どうして自分のお昼は忘れるの、葉月。
は目をパチクリさせた。
今日の葉月は忘れ物ばっかりだ。
しかし本人特に気にする風でもなく、おいしそうにご飯を食べている猫達を眺めている。
まずい・・このままでは葉月は猫缶を食いかねないのでは。
「はい」
はまだ一口も食べていない弁当を葉月にさし出した。
「半分コね。オニギリも一つあげる」
銀紙に包まれたおにぎりも渡してやる。葉月はキョトンとした顔でを見た。
「いいのか?じゃ、遠慮なく」
に向かって「いただきます」とちゃんと言い葉月は弁当を食べ始めた。実は葉月、の弁当がかなり好きである。以前公園に行ったとき作ってもらった弁当は本当に美味しかった(カイワレ以外は)。
は自分の分のおにぎりを食べながら葉月のために水筒のお茶を注いでやった。


なんか猫にご飯あげてるみたい。
いつだったか葉月に、動物にたとえるならお前は猫と言われたことがあったけど、そういう葉月の方こそ猫だとは思う。
今だって弁当をパクついてる葉月の姿は猫と変わらないカンジがする。
なんだろ、表情が似てるのかな。


「ごちそうさま、うまかった」
返された弁当箱を見ては「コイツ・・」と思った。猫というか、葉月はホントに子供みたいなトコがある。
残っているのはサラダと卵焼き。葉月はからあげ全部と卵焼きを少し食べたらしい。ちなみにサラダはまったくの手つかずだ。それもそのはず嫌いなカイワレが入っている。
『生野菜の苦いヤツ』が嫌いな葉月。だからといってこんな小さい子みたいな食べ方、見逃すワケにはいきません。
「葉月半分食べていいって言ったのになんでこんなかたよった食べ方すんの。から揚げとっといてよ!」
「サラダ、あるだろう?」
「これは残したんでしょうが。ほらサラダも半分食べなさい」
「いらない、それじゃお前腹すくだろ」
ならメインのおかずをとっといてくれよ。
「それに俺足りてる」
「え!?これで?」

こんなおにぎり一つと少しのおかずだけで足りちゃうの?
女の自分でもこれじゃちょっと足りないと思うのに葉月ってそんなに小食なのかと驚きだ。
鈴鹿なんかはいつもの倍はあるのではないかと思われるデカイ弁当箱でガツガツ食べているのに。


「いやはやあれだね・・葉月はホント無欲というか。きっと三大性欲といわれる欲すらそろってないんだ、ウン」
思いついたことをそのまま口にする。
「なんだよそれ」
葉月は怪訝そうな顔をした。
「睡眠と食欲と性欲。葉月には睡眠しかない」
「・・・・・」
それじゃ、仙人みたいだよねーあははとは明るく猫達に笑いかけた。
「・・・お前、俺のことバカにしてるだろ」
ちょっとムッとした声。
「んーん、してないよv」
だってホントのことじゃん。
とはいえから揚げを全部食べられたことを少し根に持ってるであった。
しょうがないと残りの弁当を食べようとしたところ、なぜかふっと影が落ちてきた。
空が曇ってきたのかと顔を上げるとすぐそこには葉月の顔。
自分の顔の真横にとんと手が置かれる。


!?・・な、なに・・・!?


ぎょっとし後ずさるものの後ろは壁。は背中を思いきり打ちつけた。
いたい・・。
「ためしてみるか?」
「な、なにを」
「性欲があるかどうか・・とか」
「はぁっ!?」
何を言い出すのか葉月珪。頭ん中真っ白。あまりの展開についていけなくて固まる。
ゆっくりと葉月がその誰もがうらやむキレイな顔を近づけてきてはパニックにおちいった。
こんな近くで葉月の顔
見たこと、ない。
葉月、正気か・・?
が動けないのをいいことに、葉月のもう片方の手がの髪をなで耳に触れてきた。
ざぁっと体温急上昇、耳まで熱い。きっと全身真っ赤だ。


・・・」


耳元で、名前を。





息が止まった。


















限界。


「ごめんなさいごめんなさいごめなさい!さっきのは私が悪かったですーーー!!」
うわーん、とは降参した。
とたんに消える葉月の重み。
はぐったりして全身の緊張をといた。弁当箱を落とさなかった自分をホメてやりたい。
心臓バクバク、身体中熱い。
ゼーハーと息をつくに葉月は「お前、こないだ水族館で見たタコそっくりだ」と軽口をたたく。
葉月にしてやられてはくやしさでいっぱいだ。
このヤロ〜〜〜〜
葉月は無頓着なようでいてさすがモデルといったところか、自分の顔の良さもそれがどれだけ相手に威力を持つのかというのもわかっているのだ。きっと。
「さっきの失言は反省しますから、こんな冗談二度とやらないでください、心臓に悪いです」
くやしくて仕方ないのに情けなく謝るを見て葉月は心底楽しそうに笑う。を動揺させるのが楽しいのだこの男は。
駄目押しにの顔を覗きこむ。
「俺、かなりホンキだったけど」
「!」
「嘘」
ムキーー!!
が壊れた。
葉月は笑いが止まらない。


ムカツクー!葉月のバカーーーー!大バカーーーーー!!
心の中でおもいっきり叫びは手足をじたばたさせた。まだ顔が熱い。
そもそも何でこんなコトになったのかと考える。


そうだ、高校生にもなって携帯も財布も忘れる葉月が悪いんだ。


「もう葉月!今の世の中携帯も財布も忘れるなんて、そんなボケボケさんじゃ生きていけないよ?」
せめてもの の仕返しの言葉に
「そうでもない」
と葉月はあっさり返してきた。
「携帯ないと静かでいいし・・」
確かにこの場合困るのは本人というより葉月の周囲の人間だろう。
ええい、それでは余計に質が悪いわ。
「財布忘れてもお前が弁当くれるし・・」
だろ?と笑いかけられる。


「葉月・・」
呆れ声で呟いた。
まったく・・・
なんてしょうがない人なの、と思いつつ頼られているのが相当うれしかったりする。


ダメだ自分は重症だ。





惚れた弱みといいますか、明日からおにぎり四つ持ってこようと思うだった。



ハイ、おわりおわり(笑)
王子は素直なヒロインちゃんをからかうのがすごく好きなんじゃないかと思って書きました。
でもあの迫ってくる場面はやりすぎ。
きっとヒロインちゃんが降参しなかったらあのまま・・!ダメです王子!猫ちゃんたち見てマス(笑)
この人たちこれで付き合ってないんだから不思議ですよね。でもゲームの中でもそんなカンジだし本人達無意識でラブバカップルぶりを披露しているんぢゃないかと(そしてなっちんがコイツらなんで付き合ってないんだといつも思っている)
この辺の話は続くんじゃないかと思いマス。王子に仕返ししてやりたいですよね!(でも多分ムリ)02.8.4